第367回 くちびるげ


 物語原型に貴種流離というのがあるが、子供の頃、自分は本当はこの家の子供ではなくて、いつか産みの親が引き取りに来てくれるのだ、という幻想を抱いたことがある人は多いのではなかろうか。真実の両親はもちろん金持ちであり、欲しいものは何でも買ってくれるし、ステーキでも寿司でも喰いたいだけ喰わせてくれる、というのがそういった空想の常である。えへらえへら、と涎を垂らしながら、夢想に耽っていると「ご飯よ」などと階下から響く母親の声、降りてみると薄っぺらい豚肉を焼いただけのものが食卓に並んでおり、「ほら、今夜はステーキよ」と訳もなく自慢げな母親の声色、「ほう、そりゃ素敵だ」などという跳び蹴りしたくなる父親の駄洒落がうつろにこだまし、額に縦線を十本程度刻みつつ両親を改めて見ると、自分と同じ目に同じ口もと、ああどうみても俺はこの両親の子供に間違いない、よよよ、と泣き崩れながら豚肉を焼いただけの「ステーキ」を頬張るというのもやはり世の常である。
 ところで「アルマゲドン」や「ロード・オブ・リング」に出演しているリブ・タイラーという女優がいる。この人の父親がエアロスミスのスティーブン・タイラーだというのはかなり有名な事実であるが、調べてみると随分面白いことが判った。
 実は、リブはいわゆるところの私生児であり、自分の父親がスティーブンだとは知らずに育ったらしい。では、母子家庭だったのかというとそうでもなくて、リブは自分の父親をトッド・ラングレンだと思っていたのだそうだ。
 リブの母親はモデルのベベ・ビュエルという人なのだが、これがいわゆるグルーピーという奴であった。ただし、グルーピーと言っても半端ではなく、彼女が浮名を流した相手はこれら二人の他に、イギー・ポップ、ミック・ジャガー、デビット・ボウイ、エルビス・コステロ、ジミー・ペイジ、そしてジャック・ニコルソンまでいるという錚々たる顔ぶれである。何故にジャック・ニコルソン。こういうメンバーの中に並べると、まるでゴレンジャーの中のキレンジャー、ビートルズの中のリンゴ・スター、ドリフの高木ブー、あるいは吹奏楽部のトライアングル担当のように見える。大阪弁で言うところの「ゴマメ」である。かくれんぼもメンコもハンデ付きである。それとももしやニコルソン、実はハードなロッカーであったのか。脚本を燃やすとか、ものすごい勢いで歯を使って「All work and no play makes Jack a dull boy.」とタイプするとか、そういうあれか。
 ニコルソンに興味は尽きぬが、話を戻そう。
 とにかく、そういう母親のもとでリブは育ったらしい。で、ちょうどその頃母親とステディな関係であったトッドを父親だと思っていたのだ。
 リブが本当の父親はスティーブンだと知ったのは十歳の時であったという。
 いったいどういう経緯で真相を知らされたのかは詳らかではないから想像するしかないのだが、恐らくそれは十歳の誕生日だったのだろう。
「リブ、リブや」
「何、お母はん」
「あんた、ちょっとそこ座り」
 リブがリビングに行くと、母親とトッド・ラングレンが真剣な顔つきでソファに座っている。
「あんたも、もう十歳やから、知っといたほうがええな」
「えらい真面目な顔して、お母はんもお父はんも何やの」
「あのな、リブ。お父はんは、ほんまはお前のお父はんやないんや」
「えっ」
「ほんまのお父はんは、他にいてはるんや」
「だ、誰なん、それは」
「スティーブン・タイラーや」
「えっ、エアロスミスの」
「そや」
「なるほど。この唇はスティーブン・タイラー譲りやったんね」
 そういうことだったのだろうか。
 あるいは、こんな状況だったのかもしれない。
「あのな、リブ。お父はんは、ほんまはお前のお父はんやないんや」
「えっ」
「ほんまのお父はんは、他にいてはるんや」
「だ、誰なん、それは」
「さあ。ここに『プロマイド』が仰山あります」
「これやから年寄りは困るわ。お母はん、それもいうなら『ブロマイド』やん」
「要らんこと言わんと、よう見てみ。こん中にほんまのお父はんが居てはります」
「えっ。何なん、これ。ひゃあ、めっちゃ凄いやん。イギーにエルビスにミック。あっ、のっぽさんまで居てる」
「それ、のっぽさんちゃいます。ジミー・ペイジだす」
「なんや、吃驚した。でもゴンタ君も居てるし」
「どれどれ。って、それジャック・ニコルソンやがな。似てへんし」
「ちょっとボケただけやん」
「さあ、本物はだーれだ」
「んー。えーと。えーと」
「ヒントはあんたの顔でーす」
「なるほど。じゃあ、これ。ミック・ジャガー」
「ブブー。惜しい」
「唇が一緒やのになあ」
「目の付け所はおうてます」
「あっ。そしたら、こっち。スティーブン・タイラー」
「ぴんぽんぴんぽんぴんぽーん」
 父親がトッド・ラングレンからスティーブン・タイラーに変わったとき、リブが「グレードアップ」と考えたか「グレードダウン」と考えたかは、なかなか興味深いところである。
 それにしても、もしリブがスティーブン・タイラー以外の子供であったらどうだったろう。たとえばミックが父親だったと考えると、ミックの娘のエリザベス・ジャガーのように、やっぱりモデルとしてデビューしていたのかもしれない。それなら、二人は「ジャガー姉妹」などと称して、「お姉さま」「なあに」などとゴージャスな会話をしていたのだろうか。
 ジャック・ニコルソンの娘だったなら、それはそれで父親のコネで映画界に入って、同じような生活をしているに違いない。
 問題はイギー・ポップに認知された場合だ。イギーに引き取られていたら、彼の結婚と同時に日本に引っ越してきて、今ごろは和歌山で梅干でも売っていたのだろうか。
 それはそれで、ちょっと見てみたい気もする。


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2002/07/01
文責:keith中村
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