第366回 繰り返す


 事物の性質や状態あるいは心情感情を表す品詞は形容詞であり、終止形の語尾が「い」になる、というのは学校で習うことだが、ある種の形容詞について私はちょっとした発見をしてしまった。
 次のような状況を想像していただきたい。あなたが、箪笥の角にでも足指をぶつけたとするのだ。あなたはもしかしたら「痛いっ」「痛っ」と声をあげるかもしれない。あるいは、もしあなたが私の知り合いの正木さんであるなら「痛プラス」などと叫ぶのだろうが、次のように発声する人も多いだろう。
「痛たたたたたたた」
 今度は、煙草を吸っていて指先に火種が触れてしまったところを想像していただきたい。「熱いっ」「熱っ」というのもあるだろうし、正木氏ならもちろん「熱プラス」だろうけれど、ひろみ郷を含む多くの人は、
「あちちちちちちち」
 と叫ぶに違いない。
 ところが、である。たとえば蚊に喰われたところが腫れてきたとしたらどうだ。
「痒ゆゆゆゆゆゆゆ」
 そんなことをいう人は、おそらくいないだろう。
 あるいは冷たいものに触ったとか、寒い場所に突然抛り出されたとか、ならば。
「冷たたたたたたた」
「寒むむむむむむむ」
 やはりそんなことは言わないのであった。
 もう私の発見というのが何であるかお判りだろう。こうだ。
「痛いと熱いだけ、なんかちょっと変」
 何故我々はこの二語だけは、こんなにも語尾を繰り返すのであろう。
 まず思いつくの仮説は、これら二つの感覚に共通する属性に起因するものだ。すなわち「痛い」や「熱い」の語尾(実は語尾ではなく語幹の最後の音節なのだが)を繰り返すのは、第一にその感覚が思いがけなく発生し、なおかつ、しばらく持続している場合ではなかろうか。
 しかし、だとしたら次の事例の説明がつかなくなる。
「眼の前でいきなり手榴弾が爆発した」
 そういう場面に遭遇したことはないが、想像するに「どかん」だの「ぼむ」だの、さぞかし大きな音がするに違いない。だが、そうだとしてもきっと私は「うるさささささささ」などとは言わぬだろうと考える(もちろん、奇蹟的に手榴弾の炸裂でも死ななかった場合を私は想定しているわけだ)。
 あるいは、先ほど取り上げた、煙草に触れてしまった事例を再考してみよう。突発的に火種に触れるのではなく、予告した場合ではどうだろう。
「用意はいいかな」
「お、おう。いつでも来やがれ」
「じゃあ、実験スタート。じゅっ」
「あちちちちちちち。熱いな、馬鹿野郎」
「ひい。痛ててててててて。顔はやめて」
 やっぱりそういうことになりはしまいか。
 また、出し抜けに氷嚢を背中に抛り込まれた場合、これは思いがけなく発生した「冷たい」感覚が一定時間持続するはずなのに、それでも「冷たたたたたたた」という人はいないだろう。恐らく次のように叫ぶだけだ。
「わひ。わひ。わひ。わひ」
 このように考察すると、先ほどの仮説は破綻を来たしてしまうのであった。
 ちょっと視点を変えてみよう。私はずっと形容詞ばかりに着目してきたが、他にも繰り返す言葉があるではないか。
 たとえば、これだ。
「いくいくいくいくいく」
 私はこのように言葉を繰り返す人にざっと二十人ばかり遭ってきた(もちろん、私は見栄を張っている)。
 だが、これは繰り返し方がちょっと違う。それに「いくくくくくくく」なら、今回の考察対象になるが、そうではない。そもそも「いくくくくくくく」などと発声する女子の人は厭だ。何の話だ、まったく。
「あれ」「あら」という感嘆詞も繰り返される場合がある。
「あれれれれれれれ」
「あららららららら」
 場合によっては、「ありゃりゃりゃりゃりゃ」などとなることもある。
「わちゃあ」というのも「わちゃちゃちゃちゃちゃ」などと言うことがある。そもそも「わちゃあ」とは何だろう。
 かつて「バロムワン」というヒーローものの特撮番組があった。これの主題歌はこのように歌われていた。
「マッハロッドはぶろろろろー、ぶろろろろー、ぶろろろろろろろろー」
 改めて考えるとかなりよく判らない歌詞である。
 このように考えてきたが、繰り返すことができる基準というのがどうなっているのか、さっぱり理解できない。どうしてもこれらの言葉に確たる共通項は見出せないのであった。
 ぼよよよーん。


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2002/05/26
文責:keith中村
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