ここだけの話であるが、実は私はカレーが大好きである。
どれくらい好きかといえば以下のようになる。
仮に誰かがこう訊ねたとしよう。「もし無人島にひとつだけ持っていけるとしたら何を持っていきますか」
私はためらうことなくこう答えるであろう。
「それは、カレー」
仮に誰かがこう訊ねたとしよう。「あなたにとって真理とは」
私は矜恃を持って答えるであろう。
「それは、カレー」
仮に誰かがこう訊ねたとしよう。「今の気持ちを色に譬えると」
私は言下に答えるであろう。
「それは、カレー色」
駄目だ。言葉にすれば嘘になってしまう。私のカレーに対する思いは到底言葉では表しきれないのであった。
あっはーん。カレー。好きよ好き好き。
さて、そんな私であるが、最近書店でこんな本を見つけた。
「カレー学入門(河出文庫)」
辛島昇、辛島貴子というご夫婦の共著である。カレーだけに辛島である。名は体を表すとはこういうことか。あるいは、飼犬は飼い主に似るというやつだろうか。
カレーと添い遂げる覚悟の私としては読まないわけにもいかぬだろう。さっそく購入した。
目次を眺めるとなかなか魅力的な言葉が並んでいる。
「カレー粉は夢の結晶」
「味覚はすっかりインド人」
「カレーとご飯、未知との遭遇」
「少年よ、カレーを抱け」
「カレーの華麗なる変身」
「カレーが実体化するとき」
このうち、「少年よ、カレーを抱け」は札幌農学校のクラーク博士の話である。「カレーライス」という言葉を作ったのはもしかしたら彼かもしれぬ、ということらしい。その他の項目も示唆に富んでいてなかなか面白かった。
「味覚はすっかりインド人」では「味覚がすっかりインド人になったよ」ということが書いてあった。「カレーが実体化するとき」には、カレーが実体化するときのことが書いてあった。
さて、カレーといえば関西のソウルフードとしてもっぱら有名であるが、この本によると関西にカレーが入ってきたのはかなり後だという。
東京では明治のころからカレーライスを喰わせる店があったらしいのだが、関西で爆発的に人気が出たのは昭和四年なのだそうだ。火付け役は小林一三。洋行帰りの船中で食べたカレーの味に感銘をうけ、阪急百貨店の食堂にカレーを取り入れたのだという。創業まもなくから、すでに牛を七千頭飼うほどに人気が出、昭和十二年の食堂増設時には一日平均一万三千食も出たというからすさまじい。
一万三千食である。どうだ。想像もつかない。ああ。素晴らしいではないか。
一万三千食のカレーの上で、ごろごろ寝転がってみたいものだ。うふふふふあははははカレーだカレーだなどとその上でふざけてみたいものである。これぞまさに男の浪漫ではあるまいか。
ところで、この示唆に富む本は、だがしかし「入門」に過ぎないのであった。あまりに入門過ぎて私には役不足であった。あれ。今、そう書いてて役不足の使い方が正しいかどうか判らなくなってしまった。とりあえずこのままにしておこう。
ともかくどれくらい入門かというと、作者はこんなことを書いているのだ。
ボーイから「何カレーライスになさいますか?」と聞かれたとしたら、あなたなら何と答えるであろうか。
そのあと、こう続く。
まあせいぜいが、チキンカレー、ビーフカレー、ポークカレー、それからエビカレー……とこのへんまではいいとしてその先がなかなか続かない。
甘い。
誰に向って物をいっておるのであろうか。
まだまだあるではないか。
インディのポパイカレー、インディのオリーブカレー、納豆カレー、阪急BXカレー、砒素カレー、駄目カレー、サッカレー、ポアンカレーなどなどだ。
ところで、カレーの本場といえばインドであるが、インドには数々の聖典(ヴェーダ)がある。もちろんその中には駄洒落の聖典もあるのだが、この駄洒落聖典「ターミオ・ヴェーダ」にもちゃんと「カレーはとっても辛え」という冗談が載っている。ちなみにカレーの語源はタミル語の「カリ」だという説があり、この語の意味は何と「辛い」なのだそうだ。大野晋さんの持論では日本語の語源はタミル語であり、それゆえやはり「カレー」=「辛い」なのだ。
聖書にも「カレーを喰う者は幸いである」という一節があるが、おそらくこれは「カレーを喰う者は辛いである」の誤植と思われる。
さて、こんなにもカレーが好きな私であるがどうも最近私にカレーをたかる人間が多いのには閉口である。
その人間は恐がりの私に恐い話をしては「やめてほしかったらカレーをおごってください」だの、私の「んっとねー、えっとねー、今、人がきてるの。だから。また後で電話しましゅね。んー。ごめんね。んー」などという恥ずかしい喋り方をとらえては「ばらされたくなかったらカレーをおごってください」などという恐喝まがいの行動をとるのであった。
心当たりの約一名は即刻やめるように。
以上。